創刊第1号 1−2ページ掲載記事                #1 #2 #3 (2001.10月)
 
 
 
 民間大企業の社長の任期は3期6年が標準だと言われる。この間に業績を上げ、組織力を高め、次代への布石を打つことができなければ、経営者として失格の烙印を押される。県内最大の事業体である宮城県庁の最高責任者の浅野史郎知事は、9月の県議会で3選への出馬を表明した。では、浅野県政2期8年とはどのようなものだったのか。改めて検証してみたい
 
  #1  
 

 浅野県政が大筋としてこれまで何を行なってきたかは、県庁OBの次の解説が的を射ていると言えるだろう。

「浅野県政の施策は、すべて前本間県政の施策を踏襲したもので、これに『福祉先進県構想』をつけ加えたにすぎない。この『福祉先進県構想』は知事と、知事の盟友の田島良昭(福祉事業団理事長)の合作だが、実際に何をやったかといえば、福祉事業団を改革の名の下に民営化に移行させていることと、三本木町に建設予定だった『保健医療福祉中核施設』を中止し、代わりに『子ども病院』の建設を決めたことぐらいだ。情報公開は今や浅野知事の専売特許になっているが、これはオンブズマンが県の食糧費・カラ出張問題の不正を追及したのがきっかけであって、知事はその流れに乗り、それが図らずも時代の波と県民感情にマッチしたということだ。そして2期8年が経過した中で、知事がよりどころにした『本間プログラム』が底をついてきた。しかし、浅野県政は独自の事業計画を考えてこなかったため、ひたすら情報公開に頼るしかないというのが、現在までの実態だろう」

 小紙は前号の創刊準備号『浅野県政の検証』で政界関係者、福祉関係者、教育者、経営者など10数名に取材したが、「浅野県政はつまるところ情報公開しかない」というのが共通の認識であり、この点は県民のほとんども異論がないところだろう。

 もっとも、その情報公開にしてもどれだけ機能しているかというと、甚だ疑わしい。情報公開の目的は言うまでもなく、県庁が有する情報を県民に公開し、有効活用してもらうということである。そのためには県庁にどんな情報がプールされているかを県民が知っていなくては活用のしようがない。ところが現実には、県庁は保有・開示できる情報がどれだけあり、どういう項目があるかを、県民に知らせていない。これでは活用しようにも活用できない。

 一方、情報公開の質についても問題がある。情報公開審査会では公開を積極的に行なうよう促しているが、現実にはそうなっていない。政治的配慮があるのか、意図的に公開されないものが多いのである。

 一例を挙げれば、小紙は先に触れた田島良昭・福祉事業団理事長の経歴について情報開示請求を行なったことがある。その理由は「浅野知事の福祉先進県構想を推進する最大の機関が福祉事業団であり、田島氏はその事業団の改革のために、知事がわざわざ招聘した人物である。その田島氏が福祉実践者としてどれだけの実績と経験を備えているかを知りたい」というものだった。このため小紙は県と福祉事業団に開示請求を申し出た。

 その結果、公開されたものはわずかに名前と住所のみ。生年月日も学歴も経歴も、すべてが墨で塗られていた。福祉事業団は県の外郭団体であり、そこの理事長は特別職に該当する。しかも公開請求した内容はプライバシーに関わるものではない。他の特別職の経歴は公開されているのに、田島氏のものだけが公開されないというのも不思議である。

 前述したように、田島氏は浅野知事の盟友にして参謀と言われる人物である。周知のように、知事は県警の情報公開に際しては、なりふり構わず推し進めようとした。それだけ情報公開の確立を自らの使命と任じているということだろう。そうであれば、田島氏についての情報公開は「まず隗より始めよ」ということであり、何をおいてもすべきものだろう。盟友の単なる経歴ですら墨で塗られているということは、ほかのものの情報公開も同程度のものと判断されても致し方あるまい。

 そのせいでもないだろうが「情報公開といっても、本当に県民に役立っているのかどうか疑わしい。所詮は形だけで、質量ともに薄っぺらなものだ。県庁や県警に対して、県民の反発感情を煽る道具にしかなっていないのではないか」(政界関係者)という指摘もある。

 一方、浅野知事が情報公開に血道を上げている中で、他の分野はどう推し進められてきただろうか。

 まずは知事が掲げたところの「福祉先進県構想」の実情を点検してみよう。この構想は「老人や心身障害者も普通の人々と同じような生活をおくるべきだ。そのため隔離するのではなく、町中で普通の生活の実現を図っていこう」というノーマライゼーションの考え方が基軸になっている。このため浅野県政ではグループホームや在宅ケアサービスに力を入れているという。

 ちなみに言えば、このノーマライゼーションということを知事がしきりに連呼するため、浅野知事の発想のように受け止められているようだが、この考え方は現代の福祉の根本的な思想として、大分前から浸透しているものである。

 問題は「福祉先進県構想」がどれだけ実施されているかだが、ある福祉関係者はこう評価する。

「浅野知事が『福祉先進県構想』を掲げてからずいぶん時間が経過しているが、宮城県の福祉水準は全国的に見てランクはかなり低い。福祉施設の基盤整備が遅れているし、地域バランスもとれていない。このため老人福祉にしても、障害福祉にしても、実際との乖離は相当なものがある。それに知事は福祉、福祉と言うけど、福祉に対する予算措置は伸びていない。逆に減っている。

 しかも我々福祉関係者からすると、知事が言う『福祉先進県』とは何をどのようにしていくのか、さっぱりわからない。数値目標が全く示されていない計画というのは聞いたことがないし、『施設を今後5ヵ所しかつくらない』という知事の考え方も理解できない。『福祉先進県』とは言っても、言葉だけにすぎないとしか思えません」 また、宮城県の福祉政策を具現化する上では、県の外郭団体である福祉事業団の役割が大きいが、この事業団のあり方にも疑問符がつけられている。事業団関係者はこう洩らす。

「理事長の田島氏は『事業団を改革する』という名目で、事業団の施設をどんどん民間に丸投げしている。しかし、事業団は県の外郭団体なことからすれば、事業団のあり方を決めるのは県のはずだ。ところが事業団の将来構想について、県も県議会でも正式に審議・決定されたことはない。それなのに民営化が進められているのはおかしい。事業団職員は準公務員だが、今後ポイ捨てされるのではないかと、戦々恐々としています」

 他方、福祉分野の中では介護保険制度の導入が大きな出来事だった。これに伴い、民間の介護サービス事業者が続々と誕生。浅野知事は「介護サービスを民間に委ねることで競争原理が働き、サービスの向上が図られる」と賛意を示したものだった。だが、この点も福祉関係者によると理解しがたいことだという。

 
 
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