前述した今後の4大事業についても「財政を圧迫させないでできる」と運営担当の斉藤親助役は明言。その手法を以下のように解説する。
「『百年の杜構想』は市民が参画する杜づくりを基本に据えたもので、市の財政を圧迫することにはならない。高規格環状道路も北部道路を残してほぼ終えており、今後大きな財政負担はない。長町副都心については、道路や公園など公共施設の整備に多大な経費がかかることは確かだ。しかしこれも、この区域を国道が走ることから、国土交通省の交通結節点事業として、国の補助事業化することによって、市の負担が増えないようにできる。地下鉄東西線にしても、経費のスリム化を図っていくし、国の捕縄事業として認可してもらうように交渉している。また、駅ビルと駅周辺の開発を一体化させることによって民間の投資を促していく。これらによって一般会計に手をつけなくてすむことになる」
付言すれば、斉藤助役は国土交通省出身であり、一時期、都市基盤整備公団に出向した際、長町副都心事業を担当した人物である。藤井市長が斉藤氏を助役として招聘したのは「国とのパイプをより強固にするため」(仙台市議)と見られており、斉藤助役自らも「厳しい財政の中で、今後の事業をきっちり遂行していくために招かれた」と述べている。
こうした財政手腕や事業計画の健全さ、人事の妙を見れば、前述した議会筋による「政治能力は未知数」「指導力の欠如」云々は、正鵠を射た評価とは言えないようにすら思える。では「文化人タイプ」と言われ、教育長など行政手腕を磨くポジションから縁遠い位置にいた藤井市長が、円滑とも言える市政運営を行なえるのは何故なのか。仙台市OBの一人はこう解説する。
「藤井さんというのは、存外したたかな政治家ですよ。知っていることでも知らないふりをして、相手に話させることがままある。そうやって職員の能力や仕事に対する熱意を観察するんです。聞き上手だし、しかも偉ぶらないし、あのボーッとした風貌でしょう。どことなく頼りなさそうに見えるんです。このため職員連中は『オレの話をよく聞いてくれた』と思ったり、『あのジイさん、わかっているのかな』などと勝手に解釈し、結局のところ『オレたちがやるしかないんだ』という気になる。だから職員は萎縮していないし、役所内の雰囲気も明るいですよ。この点、藤井さんの手法は典型的なボトムアップ型で、そうやって吸い上げた意見の中から取捨選択して決断する。一言で表わすなら、老獪な調整型政治家だと言えるでしょうね」
一方、別の仙台市OBは「冷徹かつ人たらしの巧みな政治家」と述べ、こう評する。
「藤井市長は小さい頃から生活的に苦労してきた人で、それがその後の人生の肥やしになっている。このため人をあまり信用しないところがあるし、失敗したりすると厳しい批評を吐く。だが、一旦信用できる奴と見込めば、仕事もどんどん任せる。苦労してきた分だけ、人間の功名心・出世欲も熟知しているし、自分も職員からの叩き上げだから、職員の喜びと不満の最たるものが人事だということも知り尽くしている。そのため人事の適正さ、バランス感覚は見事で、これが役所内の人心を掌握し、活力を生んでいる最大の要因だろう」
もっとも、こうした聞き上手、人心掌握能力が如何に長けていたとしても、藤井市長自身に市民のニーズを捉える時代感覚がなくては、行政の企画立案・実践は覚束ないことになる。政策の最終的実行は市長の判断によるものだからである。ではこの点はどうなのか。藤井市長をよく知る一人は次のように語る。
「あの人を単なる文人政治家と見たら大間違い。統計学のスペシャリストです。マーケットリサーチなんかはお手のものだし、調査からの分析力・洞察力は鋭いものがあります。『百年の杜構想』や『長町副都心計画』などは、そうした市民意識を調査した上で、市民が何を求めているか、何が仙台市の将来にとって必要かというところから生まれたものです。単なる思いつきではないし、あの人の性格からしても、閃きだけで物事を進めることはない。きっちりやるタイプですから」
むろん「藤井流政治」に欠点がないわけではない。一例を挙げれば議会対策がある。「発言の論旨がはっきりしないため、議会から言及されることがしばしばあるし、苦手な議会対策を側近に全て任せ切りにしているため、その弊害が指摘されてもいる。3期目の課題の一つだろう」(仙台市議)との指摘があることも事実である。
先の市長選で圧勝したこともあってか、藤井市長は「これまでのボトムアップ型運営から、今後はトップダウンも考えなくてはいけない」と洩らしているという。今3期目で有終の美を飾るための布石と言えるだろう。
「市長の顔が見えなくとも、市政が円滑に進めばいい」という「空気のような存在感の市政運営」を標榜してきた藤井流政治が、ここにきて存在感をアピールすることになる。このことは藤井市長が「後世に名を残すことを意識してきた」証左であることは間違いなさそうである。