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| 2010.02.25 |
現場に来ない記者とは?
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石巻市議会2月定例会が今月23日から開会した。
どの自治体議会でもこの2月議会は他の定例会よりも重要視されている。4月の新年度予算を議会に提案することと、それに伴う施政方針演説を首長が行なうからだ。
石巻市議会でも開会初日のこの日、亀山紘市長が「市民と行政の協働」を掲げ、自らのビジョンと予算編成策を述べた。
ところが、議場の脇に設けられている記者席にはたった一人の記者しかいない。その記者も写真撮影が終わると、そそくさと議場から出て行った。
それでも翌日の新聞には、施政方針の概略が載っている。
実は、石巻市議会のみならず、地方自治体庁舎内には記者室が設置されている。聞けば、石巻市の報道機関はこの記者室で議場の中継を聴き、それをもとに記事を書いているという。この記者室には音声だけが流れ、映像は流れていない。
しかし、これはマスコミの怠慢ではないか。報道機関の使命・不可欠な最大の必須条件は「現場に出向くこと」にある。これなくして報道はあり得ない。
記者室から議場が遠いならまだしも、歩いて2分もかからない(仮に何時間かかろうと取材なら出掛けるのが記者である)。
要は、市長の施政方針と予算編成を軽く見ているということだ。それでいて翌日の新聞には「市長、施政方針を述べる」などと、1面トップで扱っている。
音声だけ聴いたのでは、議場の臨場感はわからない。施政方針演説は首長が最も力を注ぐものであり、一挙手一投足は注目に値する。議員諸氏もまた、数日後に行なわれる施政方針に対する質疑、さらには一般質問を行なうためと、亀山市長が新年度にどういうことをするのかとの思いから、真剣に聴いている(中には眠っている議員もいるが)。
この双方の緊張感・真剣さが「議会の重み」であり、「議会の華」でもある。マスコミはその状況を読者に伝える使命があるはずだ。
報道機関が議会の実態を伝えないなら、記者室も記者席も取り外せばいい。実は、記者席・記者室に入れるのは新聞社・通信社・テレビ局・ラジオ局だけで雑誌社は入れない。これは石巻市議会だけでなく、国会から村議会に至るまでどこでも共通している。
自治体が規制しているのでなく、記者会が雑誌社とフリーの記者を入れようとしないのだ。そのため小誌もそうだが、全国の雑誌記者・フリー記者は一般傍聴者と同じ席で議会・議場の取材をしている。
それでも痛痒を感じない。記者席にいなくても、一般席からでも傍聴・取材はできるからだ。事実、そうした中で中央の週刊誌・月刊誌は政治記事を新聞以上に詳しく報じている。
石巻市と市議会は記者席・記者室の撤廃を一度検討してみてはどうだろう。「特権」にあぐらをかいて、臨場感のない、資料をなぞったような報道なら、必要ないのではないか。
「特権」がなくなれば、真面目に取材するようになるかも知れないのだから。 |
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| 2010.02.12 |
河北新報の不可思議さ
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昨年8月に奥山恵美子氏が仙台市長に就任して早や半年を迎えた。
奥山市長は就任直後の9月市議会で所信表明演説を行なった。そこで街づくりの骨子として、@市民とともにつくる街、A子どもと若者の未来を応援する街、B元気で住みよい街、C安心して暮らせる街、D魅力あふれる街−ーの5つの柱を掲げ、この実践の基盤として「市役所の改革」を断行していくと述べている。
年が変わってこの2月8日、奥山市長は初の予算案(2010年度当初予算案)を発表した。一般会計4430億6600万円は前年度より増額。特色として、中小企業対策の融資預託金に317億円、生活保護費などに258億円、子ども手当ての支給に197億円を配分。市長は「経済活性化対策や子育て支援に重点を置いた『未来応援型』の予算編成だ」と解説している。
だが、どうだろう。就任後6カ月、奥山市長が何をやろうとしているのか、具体像は見えてこないのが現実ではないだろうか。
就任して間もないのだから、結果・実績を求めてはいないし、実績があろうはずがないことは承知している。ただ、「こうしたことをやっていく」という具体的なプランが少しも見えないのは、どうしたことだろう。5つの柱と市役所の改革にしても抽象的で、具体的にどういう事業を行なっていくのか、漠然としている。
有り体に言えば、首長・リーダーとしての牽引力が微塵も感じられないのだ。
実は、ここで記したいのは奥山市長批判ではない。河北新報の報道姿勢である。
前市長の梅原克彦氏が市長に就任して半年後(つまり現在の奥山市長の時期)、河北新報は「梅原市政の6カ月」というテーマで、その実態を報じた。中身は「海外出張が多すぎる」「エルパーク、エルソーラの統合縮小は女性参画を阻害するものだ」など、どう見ても「梅原氏批判」に終始したものだった。
その後も河北新報は就任1年後、2年後、3年後と節目の際に、梅原市政を検証。その内容は初回と同じように批判に重きを置いたものだった。
河北新報が執拗に梅原氏批判をしたのは「梅原氏が河北新報を三流紙と言ったから」「市長選立候補の直前、河北の記者が上京してその真意を質そうとした際、コメントせず、その後、他紙に出馬すると発言したために、河北新報の記者とデスクが反感を抱いたため」と政界関係者内で囁かれたものだ。
理由はどうでもよい。梅原市政の検証をしたのであれば、同様に奥山市政についても行なうべきではないかと思うのだ。そうでなければ筋が通らないのではないか。
前述したように、奥山市長が何を考え、何をやろうとしているのかは、全くと言っていいほど垣間見えない。報道機関として県民・市民に実態を知らせる役割があるのではないか。 |
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