|
破壊することが目的化し、ビジョンに欠けた
──浅野県政をどう評価しますか。
伊藤 浅野さんはそれまでの知事と比べても、全国の知事の中でも非常にユニークな存在、手法の持ち主だった。大統領的だし、トップダウンというか、ある意味では独善的でもある。旧来にない手法で宮城県政に風穴を開けてきた。
特に情報公開は浅野知事でなければできなかったかも知れない。
世の中が大きく変わるときには、浅野知事のようにトップダウンで従来のしがらみに捕らわれないやり方をする知事の出現は必要だったろうし、時代が求めた人物ということかも知れない。情報公開は時代の潮流だったし、県政が不祥事から再生していこうとするときに、浅野知事が登場し、旧来の体質・システムを解決・破壊するために熱意と独特の手法で、新しい県政をめざそうとした。それについては認めざるを得ない。
しかし反面で、県政運営については疑問・懸念を抱かざるを得ない面がかなり多かったことも事実だ。スクラップ&ビルドではないけれど、旧来のシステムや問題点にメスを入れたり破壊したことは理解できるにしても、並行して新しいシステム・秩序・ルールを構築し、ビジョンを示していく責務が知事にはある。
ところが浅野知事の場合、新しいものを構築するための「プロセスとしての破壊」が目的になっていて、本来の目的であるところのビジョン・建設像が示されていなかった。そのために県庁職員や県議会、市町村、各種団体も、知事が掲げるところの改革に不安を感じており、そのために信頼してついていこうという気持ちになれないところがあった気がする。
(中略)
──昨年の知事選で自民党が推した村井嘉浩氏が当選しました。
伊藤 勝因の一つは、村井さんの明るく元気で爽やかなキャラクターと熱い思いが支持されたこと。もう一つは、浅野県政の継承は絶対阻止しなくてはならないという意思が、有権者に伝わったということだろう。
──浅野・前葉(泰幸)コンビの選挙戦術をどう見ましたか。
伊藤 戦術ミス、判断間違いだったのではないか。浅野さんは「脱政党」が支持されていると判断したのだろうが、有権者は脱政党では成果が期待できないと見た。実際、知事選前の衆議院選で自民党が大勝した。これは小泉改革により、自民党が改革政党になっていると評価されたということだ。有権者は3期12年の浅野県政を見て、改革を叫んでいる割りには豊かさを実感していない。パフォーマンスに過ぎないと判断した。
それと浅野さんは「後継指名はしない」と言っていたのに、一転して前葉氏を指名し、知事選の前面に出てきた。こうした言動のわかりにくさもあって、有権者は浅野県政を継承することの限界と不信感をもったと思う。
一方、村井さんは「浅野県政のいいところは継承する。ダメなところは手直しする」と訴えたことで、わかりやすいと受け止められた。
──浅野さんは自分の選挙手法を「宮城の文化だ。それをなくしていいのか」と訴えましたが。
伊藤 浅野型選挙は時代の流れをつくったかも知れないが、その手法は以前から進化していない。お祭り的なやり方に終始しているだけだった。有権者はそれにノーという態度を示した。結果的に浅野型選挙は終焉を迎えたということではないか。
選挙というのは煎じ詰めれば、有権者とどういう契約を結ぶかということ。これまで政党は利権団体のように思われたが、マニフェスト(政策)型選挙の現在ではその内容が有権者の判断基準になる。そしてマニフェスト型選挙は有権者と一緒に進化していくものだ。浅野型選挙にはそれがない。ムードだけだ。有権者が離れるのも当然だろう。
(後略)
|