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奥田 碩(おくだ・ひろし)氏
1932年(昭和7年)生まれ、三重県出身。55年一橋大学商学部卒業後、トヨタ自動車販売梶i現・トヨタ自動車梶j入社。82年取締役、87年常務取締役、88年専務取締役、92年副社長を歴任し、95年に社長に就任。99年会長、2006年取締役相談役となり、現在に至る。社長時代から世界に先駆けてハイブリットカー「プリウス」を開発・販売するなど、技術革新と環境を見据えた「攻めの経営」を実践。「トヨタを改革した男」と、その経営手腕は高く評価されている。
財界活動でも1999年日本経営者団体連盟(日経連)会長に就任。2002年には経済団体連合会(経団連)と日経連が統合した日本経済団体連合会の初代会長に就任し、06年まで2期務める。その後現在も名誉会長として、日本経済を牽引する重鎮的存在である。 |
トヨタ自動車の奥田でございます。
講演を始める前に一言皆様に御礼を申し上げたいと思います。このたび私どもトヨタグループのセントラル自動車が宮城県に本社・工場を移転することになりました。これは経済的な効果はもちろんありますが、同時に地域にいろいろなご迷惑をおかけすることもあろうかと思います。皆様方のご理解とご協力、ご支援を賜りますよう、改めてお願いいたします。
少子高齢化で国内市場は限界に
一昨年、私は取締役相談役になりましてから、いわゆる途上国、資源国の実情が現在どうなっているのかということを見てまいりました。メキシコから始まってブラジル、アルゼンチン、オーストラリア、南アフリカ、ロシアといったこれから発展するであろう市場を回ったのです。実に驚くべき変化が顕著に表われておりまして、これらの国々の生活レベルは格段に変わっています。この原因は何かというと、やはり資源が高く売れるからです。資源が高く売れることで、どんどん裕福になっている。私の感じでは、昭和30年代─40年代にかけての日本と同じような感じです。昨今の日本と比べると、如何にも鋭い流れが各国で起きているなということを感じた次第です。
まず、自動車産業についてお話いたします。日本の自動車産業はここ10年間、年間600万台の市場規模で生産を続けてきていたわけですが、それがどんどん減ってきており、現在は軽自動車を除いて350万台前後にまできています。これは少子高齢化の問題と同時に、自動車に対する興味というものが失われてきたことが要因と思われます。特に大きいのは高齢化の問題です。自動車は複雑なものになりますから、高齢化になればなるほど、現在のような自動車を造っていたのではダメで、非常に簡単なものを造らなくてはならない。
こうした状況と、これからの日本の人口の推移を考えた場合、日本の自動車市場はある程度限界にきているのではないかと思われます。今後我々が出ていくべき市場は、残念ながら海外の資源国、途上国になるのではないかと考えられます。
世界の人口を見た場合、その3分の1の人が自動車を所有し、3分の2の人が持っていないということを、この10年間ほど言ってきたわけです。3分の1というのは現在の工業国で、これらの人口は10億人─11億人です。恐らくこれからの人口の推移は、移民を受け入れているアメリカを除けば、ほとんどの国で人口は減少していくと思われます。そうした国々で自動車を売ろうとすれば、これまで以上に他社との競合関係に勝ち抜いていかなくてはなりません。
しかし途上国や資源国はまだまだこれからで、世界の人口の3分の2をはるかに超える人々がいる。こういう国々が日本の昭和30年代 ─40年代の活発さをもってくれば、大きな世界的市場があるということで、日本の自動車産業や電子産業が出ていくことになると思います。
以上のことを概略的なこととして、認識していただきたいと思います。
(後略)
(編集部から/本稿の「昨年」「一昨年」などの記述は、講演時のままではわかりにくいだろうと判断し、現在を基にして表記いたしました。また、講演時と現在の経済情勢が変化している点は、ご理解をお願い申し上げます。
世界のトップ企業並びに日本経済を牽引する経営者が宮城県内で講演することはめったにありません。多くの方にこの掲載誌を読んでいただければと願っております。) |