| パロス 2006 9月号(第19号) 会員ページ | |||||||
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深層究明 第2弾!「自己崩壊」に突き進む宮城県社会福祉協議会の「禍根」 |
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すべての災厄は旧県福祉事業団との統合から始まった
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| 小誌は前号で浅野史郎・宮城県社会福祉協議会会長(前知事)について、その就任の異常さ、勤務姿勢、福祉観などから「会長不適任」の根拠を掲載した。今号の第2弾では、県社協・県福祉事業団・宮城いきいき財団の三社統合がなぜ行なわれ、その結果何がもたらせられたかについて記してみたい。 | |||||||
平成17年4月1日、それまでの宮城県社会福祉協議会・宮城県福祉事業団・宮城いきいき財団が統合し、新たに宮城県社会福祉協議会が発足して現在に至っている。この三社統合の趣旨は「介護保険制度や支援費制度の導入に際し、これまで以上に重視される地域福祉に取り組み、宮城県の福祉の向上を推し進めていくためには、県社協が有する市町村社協とのネットワーク機能に、施設運営のノウハウと人的資源(職員数)をもつ福祉事業団を融合させるとともに、高齢者を対象に支援活動事業を運営しているいきいき財団を統合し、県社協を名実共に地域福祉推進の中核機関にする」というものである。 だが、この三社統合構想は当初から描かれていたものではない。当時、県は無駄な出費の抑制と効率的な組織運営の観点から公社等外郭団体の見直しを検討しており、平成14年1月22日に「県社協といきいき財団を平成20年度を目標に統合することが望ましい団体として位置づける」と公表した。つまり当初は福祉事業団を統合する考えはなかったのである。 福祉事業団をも含めることになったのは、一つの契機による。平成14年9月19日、県議会の代表質問で菅間進議員が「県社協が果たす役割が大きい中にあって、専門知識・実務経験をもつ福祉事業団の人材を生かせば、市町村社協などへの実質的な支援・指導を行なうことができる。県社協は福祉事業団を活用すべきでないか」と発言。さらに「県社協へ福祉事業団を丸ごとなのか分割なのか、統合なのか合併あるいは一部吸収なのかは別にして、思い切った施策が必要ではないか」と、統合方法をも提示したのだ。 これに対して当時の浅野史郎知事(現・県社協会長)は「菅間議員の指摘は大変示唆に富み、一つの方向性を示すものだ。日本一の福祉先進県づくりのために関係者とよく話し合ってみたい」と喜色を表した。 ちなみに言えば、菅間・浅野両氏のやり取りは「やらせで事前に打ち合わせができていたのではないか」(ある県議)という説が当時の県議会では囁かれた。菅間氏が所属する会派「みやぎニューウェーブ」は「浅野与党」を標榜し、浅野県政の姿勢・施策をほぼ全面的に支持していた。むろん個人的な交流も深く(昨年の仙台市長選では立候補した菅間氏を浅野氏は応援している)、浅野知事の盟友で当時福祉事業団理事長だった田島良昭氏ともつながりがある。そのことから「知事、田島氏が菅間氏にもちかけたのか、その逆かはわからないが、シナリオができていただろう。それでなければ、知事が『待ってました』とばかりに、菅間発言に飛びつくはずがない」(ある県議)という見方が少なからずあった。 そして、この発言を期に三社統合に向けてひた走ることになる。平成15年10月27日、県は公社等外郭団体改革計画を公表した。それによると「実施計画では、県社協といきいき財団の2団体を平成20年度を目標に統合することが望ましい団体として位置づけていたが、より協力かつ総合的な地域福祉推進の中核機関を整備するといった視点から、これに福祉事業団を追加し、統合時期を前倒しして、平成17年度を目標に統合することが望ましい団体として位置づける」と結論づけている。 もっとも、浅野知事の肚はこれ以前に三社統合することで固まっていたように思われる。この公表より数カ月前の平成15年7月8日、浅野知事は県庁知事室で福祉関係者と座談会をした。そのとき「将来的には県社協と福祉事業団の合併も考えられる。そうなると生まれ変わった福祉事業団と県社協が一緒になる。これは『宮城県方式』の力になると思う。私はこれをイメージしている」と述べているからだ。正式に決定していないことを、外部に軽々に言うはずがない。恐らく内実は菅間発言以前から三社統合を決めていて、議会側から三社統合案を提言させるように演出し(菅間発言)、それを梃子(てこ)にして県保健福祉部や公社等外郭団体改革計画の担当スタッフの考え方を誘導していったものだろう。 福祉事業団との統合を嫌った旧県社協
では、福祉事業団についてはどうだったのか。「表向きはともかく、内実は強く反対だった」(旧県社協幹部)という。福祉事業団は県から委託された施設を運営し、障害者や高齢者の介護サービス事業を行なう、言わば福祉のハード面を担っている。このため「ソフト事業を行なってきた組織とハード事業を担ってきた組織が、果してうまく融合できるかどうか不安があった」(旧県社協幹部)。 しかも旧県社協の人員が総勢約40名にすぎないのに対して、福祉事業団は正職員・臨時職員・パートなど全員を合わせると実に約800余名もの職員を抱えている。先述した三社統合の趣旨並びに菅間議員の提案からもわかるように、統合はあくまで県社協を存続法人として、そこにいきいき財団と福祉事業団を吸収・包含するというもので、これは当初からそうした構想だった。そのことからして、福祉事業団との統合は「小が大を呑むもので、統合後、県社協がこれまで通りの組織運営ができるだろうかという意見は少なからずあった」(旧県社協幹部)という。 「田島氏の考え方・手法は公的福祉に合わない」 福祉事業団が単に図体だけが大きいのなら、旧県社協としてもそうそう不安はもたなかったに違いない。「問題だったのは、この巨大な施設運営団体のトップが田島良昭氏だったことだ」(旧県社協幹部)。田島氏は地元の長崎県雲仙で私設障害者施設「コロニー雲仙」を設立・経営。そのキャリアを見込んで浅野知事は『福祉の専門家』として、平成9年に田島氏を福祉事業団副理事長に抜擢。平成13年には民間出身者で初の理事長に就任した(田島氏はその後平成15年3月末で理事長を辞任し、何故か16年4月に理事長に再任している)。 田島氏は民間企業型の施設運営・ノウハウを引っ提げて、福祉事業団の組織改革・意識改革を断行したが、その手法は「独善的というか、ワンマンでした。『俺の言うとおりにしろ』という高圧的なやり方で、『頭脳は俺だけでいい。幹部や職員は頭脳に従って動けばいい』と考えていたように思う。それに従わない者は容赦なく人事で左遷した。そのため職員や幹部のほとんどが田島氏になびいた。専制君主による恐怖政治ですよ」(旧福祉事業団の元中堅職員)。 その田島氏の福祉観を端的に示すのが、平成14年11月に唐突にぶち挙げた「施設解体宣言」だろう。これは「障害者も健常者と同じ生活を送る権利がある。そのため2010年までに施設を解体し、施設に入所している障害者全員を地域に移行する」というものだ。 (編集部注/その後平成16年2月に浅野史郎知事が「みやぎ知的障害者施設解体宣言」をしたが、その内容は田島氏の「施設解体宣言」と何ら変わらない。このことからしても、浅野氏の福祉観は「田島氏は私の師匠」とする田島氏の受け入りであり、単に踏襲しているにすぎないことがわかろう。) 田島氏が「施設解体宣言」をした当時、小誌は中央の福祉団体がこの宣言をどう受け止めているのか取材してみた。回答は以下のようなものだった。 「『解体宣言』には正直驚いている。一つの考え方だろうが、施設の受け入れ態勢は現実にそこまで至っていない。それに福祉事業団はあくまでも公的団体であり、各自治体の制約がある。田島氏の考え方・手法は民間型であり、公的団体とは違うものだ」(全国社会福祉事業団協議会) 「『解体宣言』は一つの取り組み方だろうが、要は各自治体が判断することだ。実際にやってみないと成否はわからないし、利用者の方から困るという意見も聞いている。田島氏の考え方・理論が時代の福祉を先行しているとは思えない」(全国社会福祉協議会) 「田島氏の考え方には疑問だ。地域に戻すと言っても、現実には生活基盤がない。グループホームの数は少ないし、仮りにグループホームに入ったとしても支援者・相談者というコーディネーターがいない。利用者は地域に住みたいが、受け入れる施設がないために事業団の施設に入所したものだ。利用者全員を地域に戻せないのが現状であり、その点からしても田島氏の考え方は空論にすぎない」(日本知的障害者福祉協会) こうした公的機関の役割・考え方とは異質な福祉観をもち、強圧的な手法を用いる田島氏が、巨大な組織の福祉事業団を従えて県社協に入ってくるのである。しかもその背後にいる浅野知事は「田島氏に絶対逆らえない」(県議)。県社協側が戦々恐々とし、統合に反対だったのも頷けよう。 それではなぜ県社協といきいき財団の統合に福祉事業団を含めなければならなかったのか。 田島氏が危機感を抱いた指定管理者制度 ここに「平成17年10月15日(土)朝日新聞県内版記事『県社協が全員メール、組織ぐるみの知事選』の実際とその裏」と題した一通の投書がある。タイトルからも明らかなように、昨年の知事選で浅野前知事が全面的に支援した前葉泰幸候補者を、県社協が職員に選挙運動させたことについて記されているが、それだけでなく福祉事業団が統合しなければならなかった理由とその後の県社協の実態を余すところなく綴っている。小誌のこれまで記した内容と重複する点もあるが、小誌の記述の裏付けと外部では窺い知れない内容が盛り込まれていることから、長くなるが全文掲載したい。 「ご存じの通り、社会福祉法人宮城県社会福祉協議会は、宮城県『公社等外郭団体改革計画』の一環により、平成17年4月1日から旧福祉事業団・旧いきいき財団と統合し、新生『宮城県社協』としてスタートを切った。当初は平成20年度にいきいき財団と県社協との統合が予定されていたが、平成15年度末から16年度に入り、急速に福祉事業団も加わる統合劇が始まった。 その大きな理由の一つに、旧福祉事業団としては死活問題につながる、平成18年4月から導入される『指定管理者制度』が挙げられる。本制度は地方自治法改正に伴うもので、行政機関である県立施設・事業等の管理運営を入札方式により、民間団体(企業・NPO法人等)にも一定の期間、管理運営を任せる制度(福祉施設は5年)である。 旧福祉事業団は、県立福祉施設を運営する外郭団体として県の肝入りで設立した団体で、船形コロニーをはじめ養護老人ホーム偕楽園、特別養護老人ホーム和風園、啓祐学園、第二啓祐学園、太白荘、県援護寮、地域生活支援センター、やすらぎの里、七ツ森希望の家、県介護センター等、多くの県立施設を受託運営してきた(現在は県社協が管理運営、県委託費総額約35億円)。 その結果、指定管理者制度導入に伴い、万が一指定管理者として受けられなくなってしまった場合、利用者ケアの継続性や約700名からの職員雇用・処遇、退職金等が大きな問題として浮上するからである。宮城県としても財政難の折り、ここにかかる経費の削減を真剣に考えている。真の民間に移譲することによって、かなりの経費軽減につながるものと試算されている。 そこで当時の福祉事業団理事長の田島氏が考え出したのが、県社協との統合である。県社協は社会福祉法に位置づけられた法人で、制度上なくすわけにはいかない団体であるため、福祉事業団が県社協にぶら下がることで当面の間、職員の雇用は保証され、利用者ケアも継続されることを考えたのである。統合が急に浮上したのは、この視点を踏まえ、浅野知事に直接田島氏が依頼したという噂もある。 また、旧福祉事業団職員の給与水準が他法人職員と比較して高く、もし他の法人運営となった場合、現職員の給与はかなりのダウンが想定され、労働組合からも反発があった。ある施設の県委託費総額が約3億5千万円で、そのうち概ね30名の人件費が約2億7千万円になる。平均しても如何に高いかがわかる。このままの経費で運営する民間法人はいないとされている。 田島氏としては、浅野知事を担ぎ出すことにより、指定管理者制度に伴う施設運営の表向きは制度に準拠して進めるものの、結果的に運営は県社協に任せるような運びにさせるよう、策を考えたものである。 また県社協は、市町村社協とのネットワークが形成され、ある意味信頼されていることから市町村社協に新規事業を起こさせ、利用者の地域移行の名の下に、地域における利用者ケアと将来的に職員を各市町村社協に送り込むことを想定したものである。 この発想も現県社協副会長の田島氏によるものである。関係職員会議の中では『理解のある首長、会長の市町村だけを相手にすればいい』『理解のない首長、市町村は相手にするな』そんな発想で浅野ブレーンの田島氏の全市町村回りが終わろうとしている。(市町村に印象を聞くと賛否がわかりますよ。)市町村にとって、知事がバックにいるという田島氏の存在感は、ある意味脅威でもあり、威厳のあるものである。そのことを田島氏は特とわかっていることである。 イエスマンになった県社協幹部・職員 その見返りとして、会長職を浅野知事にお願いする形で、あたかも関係者や職員全員の総意として報じられ、『感激の至りです』と意見を述べた浅野知事はあて職ではないと言いながら県社協会長になったが、これも田島氏の策略によるもので、労働組合も巻き込んだ動員型によるものである。 現在も指定管理者制度に向けて表面上は準備を進めているが、今回の知事選の結果次第では厳しくなることも想定している幹部職員もいる。如何に今回の知事選が彼(田島氏)にとって、彼の今後の存在にとって大事な選挙であるかが窺えるものである。なお、知的障害者施設解体宣言により、船形学園は廃止、民間移譲により特別養護老人ホーム敬風園は鹿島台町社協(その後大崎市社協に統合)へ移譲されている。これはほんのパフォーマンスで、指定管理者制度導入後の運営に伴う犠牲者でもある。(多少は身軽にしておきたいからという裏の声もある。) 新生とはいえ、法人の原則は県民をはじめ各種福祉団体・市町村社協・行政機関等の意見を踏まえ、さまざまな支援協力を得ながら、民主的な福祉活動を展開する公共性の高い民間総合福祉唯一の団体として、社会福祉法にも位置づけられている団体である。 しかしながら統合して半年が過ぎ、お互いの歴史と経験を尊重し、持ち合わせている専門性を伸ばし、協同事業を展開しながら県民のために総合的な地域福祉の推進を図ることで合意したはずの県社協は、組織内に常勤専務理事、常勤常務理事がいるにもかかわらず、今や一役員(田島副会長)の考えや意見で右往左往しているのが実態である。 統合時、彼の発言の中に『旧県社協は腐りきっている』『今までの仕事は何の意味もない』『仕事のできない職員は辞めてもらう』などと、集めた職員に対して『罵声』を浴びせ、脅迫じみた発言が多々あった。旧福祉事業団理事長就任以来、同類の発言が多々あり、現に異論を申し出た職員は降格処分を受けた者もいる。将来に希望が持てず退職していった職員が多数いる。なぜ反論しないのかとよく聞かれるが、『辞めさせられる』『給料が下がるから』という理由で、すっかりイエスマンになってしまった。 現在、旧福祉事業団職員の給与と旧県社協、いきいき財団との給与格差は是正されておらず、旧福祉事業団職員は高いまま、さらに退職金にも差があり、普通・勧奨退職職員への上乗せ支給は県補助金によって旧福祉事業団職員のみとなっている。職制も幹部職員のほとんどが旧福祉事業団職員で占めており、旧県社協、旧いきいき財団職員の元幹部職員の中には、4月統合最初の辞令に降格辞令の職員が多数いるなど、棚上げされている基本的な問題が山積している。信頼関係で業務する者としては、いささか疑問に思うものである。これには県当局の関係者から我々に対しての皮肉や、旧県社協、旧いきいき財団職員に対する同情の声をいまだに聞くことがある。 イエスマンになってしまった由縁かもしれない。 「悲痛な思いの職員を助けてほしい」 以上のことは、ほんの一部の事項である。内部告発的というよりも今回の知事選を控えての、浅野知事が後継者と推している候補者に少しでもわかってほしいことと、福祉日本一推進県をめざし、多くの実績をつくってきた浅野知事とブレーン田島氏の実際と裏の顔をわかってほしいことからである。 我々にはどうしようもないことではあるが、今回の選挙において、田島氏個人として動く分は一向に構わないが、現に職員に命じての選挙葉書の配付や当該候補者街頭演説への職員動員は、いささか疑問に思う。まさしく『組織ぐるみ』と言わずしてなんというのでしょうか。知事が応援している風景が映るテレビには、必ず本会職員が数多く映っていることはその証拠にもなる。田島氏は、職員には勤務時間外で行動するようにと言っているが、常勤副会長として勤務時間内の行動が多く見られる。 悲痛な思いをしている職員が少なからずいることも、わかってほしい。そして、助けてほしい。 民間団体ではあるが、県民から会費を徴収し、さらには国・県等の公的資金がかなりの予算を占めていることから、公共性の高い団体として位置づけられているので、わきまえて行動すべきである。 県内の福祉関係者からは、会費未納運動に発展するような意見も聞かされる。職員が地道に培ってきた信頼と歴史が、田島氏の一行動によって泡と消えてしまうことは、県社協に籍を置くものとして無念である。 田島氏はかき回すだけかき回した後、長崎・雲仙に帰ってしまうのでしょうか。」 この投書子の予測は的中した。田島氏は前葉候補が落選するや県社協副会長を辞めて、地元雲仙に帰ってしまった。まさに「かき回すだけかき回して去った」のである。 「洗脳部隊」に「乗っ取られた」県社協しかも、この「かき回した烙印」は今なお県社協に色濃く刻まれている。 その一つは、投書子も指摘している「役員・職制の構成」である。別表をご覧いただきたい。これは平成18年4月現在の県社協役員と主な役職者の氏名と統合前の出身母体を記したものである。一目瞭然の通り、旧福祉事業団系が圧倒的に占めている。(編集部注/統合直後の構成比率も何ら変わっていない。) 前述したように、三社統合した際の存続法人はあくまで県社協である。同時に統合の趣旨は「県社協を総合的な地域福祉推進の中核機関にする」というものであり、そのことからすれば、これまで市町村社協と緊密なネットワークを培ってきた旧県社協系の人材をして中心的ポジションに配置することが、組織運営・機能上からも必要不可欠になることは明白である。如何に旧福祉事業団の人員が優秀だとしても、そのノウハウ・経験は施設運営と介護サービスの実務の域を出ないからだ。 しかし、そうした考え・配慮はことごとく打ち捨てられた。このため統合直後、そして今に至るも「県社協は福祉事業団に乗っ取られた」との声が旧県社協幹部からだけでなく、市町村社協・県議会筋から挙がっている。実際、投書子も記しているように、田島氏の福祉観・その手法・性格とこの「乗っ取り人事」に反発、嫌気がさしたのだろう、統合直前直後、それまでいた旧県社協幹部はほぼ全員辞めてしまった。 田島氏の「烙印」はもう一つある。それは浅野会長を筆頭にこれら旧福祉事業団幹部・職員が「田島理論」に完全に「洗脳」されてしまったことだ。田島氏の福祉論は端的に言えば「公的福祉機関にも民間型福祉を注入すべし」というものだが、その中身は「施設運営」に偏っている。というより有り体に言えば「田島氏は公的福祉とは何たるかということを知らない」(旧県社協幹部)。(編集部注/「公的福祉」とは何かについては、前述の中央の福祉3機関のコメントが的確に表している。) その最たるものが前述した「施設解体宣言」である。「施設解体宣言」については、県は先に@この言葉は誤解を招き、あまりにも刺激が強い表現なので今後用いない、A地域移行は進めていくものの2010年と限定しない、B障害者のセーフティーネットとして施設での受け入れを行なう との方針を決定した。 「施設解体宣言」が生んだ悲劇 ところが浅野会長以下、県社協幹部(つまり旧福祉事業団系の幹部・職員)は今に至るも「施設解体」にこだわっている。というより、実践しようとしている。そのことは以下の二つの浅野氏の発言が端的に示している。 ・今年5月28日、県社協施設の船形コロニーの入所者とその保護者で構成する「船形コロニー育成会」の定期総会に、浅野会長が来賓として出席。その挨拶は「祝辞といっても中身は『船形コロニー解体宣言』の基本的な方針は何も変わりがないないことを話した」(浅野氏のホームページより)。 ・今年7月7日、新聞各紙に、角田市の女性が脳性マヒで知的障害者施設に入所し、一時帰宅していた長女を殺害した事件の初公判の記事が掲載された。公判で検察側は「被告は『みやぎ知的障害者施設解体宣言』(編集部注/浅野氏が知事時代に宣言したもの)を誤解し、このままでは施設がなくなり、娘が家に戻ってきたら生活が大変になると思い込み、殺害に及んだ。また被告は、自分や高齢の母が亡くなったら、娘は誰に面倒を見てもらえばいいのか、という不安を洩らしていた」と指摘した。 これに対して浅野氏は「私の信念は間違っていない」「宣言自体が悲劇を生んだのではない」「家族が地域で孤立し、確かな情報が届かなかったのではないか。社協や地域が家族をフォローする体制整備が急務だ」と述べた。「施設解体宣言」の御旗を下ろさず、ひたすら突き進もうとしていることがわかろう。 ちなみに言えば「確かな情報が届かなかった」のではない。確かな情報を届ける立場の浅野氏が「施設解体」を事あるごとに言い広めているために、誤解を生んでいるのである(繰り返すが、県は「この言葉は使わないように」と指示している)。 付け加えれば、「施設解体宣言」を提唱した田島氏はその後どういう行動をとっているか。田島氏は平成16年9月、自ら経営する「コロニー雲仙」で「施設解体」を実施した。「障害者の支援も介護保険制度に組み入れるべき」という持論を掲げ、その運動を行なっていたが、国が介護保険制度の見直しの延長を決定した途端、田島氏は「施設解体」を取り止め、施設への入所者募集を再開したのだ。見越していた収入源がなくなったために、再度募集するしかないということである。このことからしても、田島氏の言う「施設解体宣言」とは薄っぺらなもので、誰のためのものかということがわかるだろう。 そして「御本尊」の田島氏が「施設解体」を撤回しているにもかかわらず、未だに「守り神」然として、後生大事にそのことに突き進んでいる浅野会長並びに旧福祉事業団の幹部・職員の神経を疑わざるを得ない。 (編集部注/仮りに田島・浅野両氏が言う「施設解体」がなされれば、必然的に県社協は指定管理者の資格を失うことになる。管理・運営する施設がなくなるからだ。それなのに浅野会長以下「施設解体」に邁進している。旧福祉事業団系の労働組合幹部・組合員もそれに同調している。自分たちの職場・生活権が失われることに賛成する、その論拠・心意が小誌には理解できない。) 「自ら『破滅』の道を突き進んでいる」 こうした「田島理論の洗脳部隊」が県社協に大挙して入り、会長以下主要ポストを独占したために、新生・県社協はそれまでの「市町村社協と連携しながら、宮城県の社会福祉を担っていくという理念から、施設運営を軸にした考えで県社協並びに市町村社協を動かしていくという考え方に大きくぶれてしまった」(旧県社協幹部)ことは否定できない。 このことは県社協としての浅野会長の発言が施設解体・施設運営に偏り、県社協本来の社会福祉・地域福祉については一言も発していないことからも窺われる(この点について詳しく紹介することは紙数の関係から避けるが、新聞・雑誌等での浅野発言を見ればわかる)。そのため「浅野氏は本当の県社協の役割を認識・理解していないのではないか」(福祉関係者)とも囁かれている。 また、県社協理事会・評議員会で建設的な意見が取り入れられないのも、こうした旧福祉事業団系がポストの要所を占め、「その考え方はあまりにも偏狭的で、視野の狭い福祉観による」(ある理事・評議員)ためとも見られている。 まさに現在の県社協は旧福祉事業団との統合により、本来の姿・役割を失いつつあり、「自ら『破滅』の道を突き進んでいる」(旧県社協幹部)と言えるかも知れない。 このことから「福祉事業団を統合したのは失敗だったのではないか」「できるなら元に戻すべきではないか」という意見は福祉関係者や県議会でも少なくない。 そして重要なのは、これが県社協のみの問題にとどまらないことである。県社協は宮城県の社会福祉のリーダー的存在に位置しており、その理念・施策は市町村社協・関係福祉団体・施設運営者など、大きく言えば福祉分野全体にかかわってくる。 では「自己崩壊」に突き進む県社協が、他の福祉団体にどのような影響を与え、それがどう受け止められているのか。次号ではその点をレポートしたい。(以下次号) |
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