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NIEよりまずは新聞改革をすべきだ

 NIE(Newspaper In Education)−−「教育に新聞を活用しよう」ということで、各新聞社が児童・生徒のための企画を立てて紙面を飾っている。河北新報などは子供たちが講読してくれると思っているのか、ご大層に紙面の半分を割いて、小中学生の新聞コーナーを掲載している。
 しかし、そんなサービスをしたとしても教育に役立つことはあり得ない。
むしろ現在の新聞は、子供たちの学習にマイナスでしかないだろう。
 その理由としては、第一に、今の新聞記者は文章が全くなっていないことが挙げられる。新聞記事はいつ・誰が・どこで・何を・どのようにしたかを、1センテンスに入れることを金科玉条のように守っている。これに説明が加わるために、どうしても1つのセンテンスが長くなる。長くなるだけでも理解しにくいのに、記者の表現力が乏しかったり、文法上の間違いが多いため、1つの文に主語が2つも3つも置かれている。そのため大人でも一度読んだだけでは理解できない記事がすこぶる多い。こんな駄文を読ませられたのでは、子供たちの作文能力は低下してしまうに違いない。
 第二に、分かち書きの問題がある。新聞各社は「中学生程度の国語力で読める新聞を」ということで、新聞で使用する漢字を常用漢字1934字に制限している。このためどういうことになったかというと、「ねつ造」「ゆ着」などという意味がわからない書き方が紙面にあふれるようになっている。
 確かにこうした表記によって、子供たちも読むことはできるだろう。しかし、それが何の意味をもつのか。表意文字としての漢字を使用している以上、意味が理解できなくてはそれこそ意味がない。
 子供たちの読解力を高めるとするなら、分かち書きをするのではなく、フリガナを添えるべきだ。
かつて新聞はそうしていたし、日本人の国語力が向上したのは、このためでもある。大袈裟ではなく、分かち書きは日本人の能力と日本の文化を妨げる何物でもなく、子供たちにとって百害あって一利ないものである。
 第三に、現在の新聞報道は分析力が失われていることである。そのため紙面が結果報道ばかりでしかない。事件や事象にはすべからく因果関係がある。この背景となる要因を記さなくては、ジャーナリズムとは言えないはずだが、なぜか昨今のマスコミは現象面だけにとらわれ過ぎている。
 恐らく新聞記者が日々の取材に追われすぎているからだろうが、記者個人も新聞社としても、大所高所からの分析という時間と労力のかかる作業の重要さを置き忘れたのではないか。
 新聞社がNIEをどの年齢層までと考えているのかは知らない。しかし、子供たちの教育を考えるなら、まず新聞記者の意識と紙面の表現・充実を改めることが先だろう。現在の新聞には、明治・大正・昭和の先人たちがもっていた情熱も能力も感じられない。そんな紙面を読ませられる子供たちがかわいそうである。

創刊第3号
(2001.12)
6ページ
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