国体開催県として宮城県は天皇杯優勝(男女総合優勝)を狙っている。その有力種目として期待されているのがフェンシング競技である。
これまで国体では個人・団体を合わせて15度の優勝。全日本選手権でも10回、東北選手権で8度の優勝を果たしている。実績、歴史ともに国内でも屈指であり、フェンシング人口も約3000人と東北では最も多い。
宮城県フェンシング協会は今年創立50周年を迎えた。この協会の設立とフェンシング競技の浸透は、1人の若者の情熱によるところが大きい。中嶋英一氏−−現在の日本フェンシング協会会長である。
中嶋氏は昭和21年、戦後復活した明治大学フェンシング部の第1期生として入部。昭和23年、24年と国体で個人優勝。その後、郷里の若柳町に戻った際、宮城県にもフェンシングを普及させようと決意し、フェンシングの浸透・指導のため県内を行脚した。
この中嶋氏の薫陶を受けたのが仙台一高や鼎が浦高、気仙沼高といった高校勢で、中嶋氏は「それまで未開地だった県内のフェンシングの普及の原点を高校生におき、そこから普及の層を上下の世代に拡大していこうとした」(協会関係者)。この結果、各高校にフェンシング部が誕生。各種の競技大会を通じてレベルアップが図られ、それが社会人やジュニア層の中学生にも浸透する要因になったのである。これらの成果が前述した栄光の軌跡となって現れている。
もっとも、野球やサッカーというメジャーな競技と違い、協会の苦労は一通りのものではない。第一には、普及してきたというものの、フェンシング人口は前述したように3000人ほどでしかなく、他の競技と比べても層が薄いことが挙げられる。この要因を協会役員はこう述べる。
「フェンシングはフランスが発祥で、かつてナイト(騎士)が戦い合ったところから生まれた剣術です。条件反射と相手の出方を読む能力が必要とされ、やってみれば意外に面白く、奥の深いスポーツです。ところが、フェンシングをやりたいという子供が少ない。というよりも、スポーツをしようという子供がめっきり減ってきた。このため普及が思うようにいきません。これは他のマイナーな競技にも共通した課題です」
もう1つは、競技人口と普及がおぼつかないこともあって、競技施設が極端に少ないことである。
「恥ずかしいかな、現在私たちには決まった会場がありません。市民会館を借りたりとジプシーを余儀なくされている。このため子供たちの指導ができない。このことも普及が伸び悩んでいる原因です」(協会役員)
さらには、これだけ実績があるにも関わらず、マイナー競技ということなのか、県からの協会予算が極端に少ないことも挙げられる。
「国体の間は開催県ということもあって、年間500−1000万円の予算がついた。でも、国体が終了したら、ガクンと削減するだろう。だから国体後は大変だと思う。これは私どもの協会に限らず、宮城県の場合はスポーツ振興にさほど熱心ではないし、そのためバックアップ体制が取られていない。秋田県などとは雲泥の差です」(協会役員)
それでも冒頭に触れたように、宮城県のフェンシングは幾多の栄冠を手にしてきている。この点は大いに評価に値しよう。
「50年の歴史の中で、中嶋さんはじめ先人が築いてきたものが、地力として開花してきたということでしょう。宮城国体はその集大成の場。優勝をめざしますよ」と協会内は意を新たにしている。
地元の国体で好成績を収めれば、周囲の見る眼も変わってくるだろうし、今後の普及の大きな足がかりにもなり得る。
その国体開催まで、あとわずか。選手と協会が両輪の体制で試合開始に臨んでいる。