「そり」を使ったリュージュ、ボブスレー、スケルトンの3つの競技は、 氷上でスピードを競う競技。もともと、そりはヨーロッパの積雪地方の人々にとって、雪や氷の上を重い荷物を運ぶため
の生活必需品だった。そこから遊びとしてそりを使うようになり、その後競技として発展。より速く滑るためにそりに改 良が加えられ、滑走技術も研究され、19世紀終わり頃にはヨーロッパを中心に競技会が開催されてきた。
そのうちの一つリュージュは、滑走面のエッジにスチールをつけた強化プラスチック製のそりに仰向けに乗って、800〜1300mの氷のコースを滑り降りる速さを競う競技。1964年(昭和39年)の第9回冬季オリンピック(オース
トリア・インスブルック大会)から正式競技になっている。
リュージュは1000分の1秒を争う競技で、その速さは時速120qを超え、1秒間に33mも進む。このためスター
ト時のそりを押し出す加速と、滑走からゴールまで空気抵抗の少ないフォームを保ち続けられるかがポイントになる。と 同時に仰向けに乗るためにコースが視野に入らないことから、あらかじめコースを頭の中に覚え込んでおく必要があり、
そのインプットされたコースを正確に滑走していくテクニックが問われ、その操縦を足首だけで行なわなくてはならない 。筋力・頭脳・テクニックの3要素が求められる高度な競技である。
一方、ボブスレーはハンドルとブレーキを備えた鋼鉄製のそりで滑走する競技。冬季オリンピックでは1924年(大正13年)の第1回大会(フランス・シャモニー)から正式競技として行なわれているほど伝統がある。
ボブスレーはそりと重量を合わせると、最高で2人乗りが390s、4人乗りでは630sにもなり、これが1200 〜1300mのコースを最高時速130qで滑走する。リュージュ同様に、スタート時の初速がゴールのタイムを左右す
ることから、選手の条件はより大きな加速を出すのに有利な重い体重と、200〜300sの重いそりを押し出せる筋力 、そりに加速を加えるスプリント能力と、スピードがついたところでそりに飛び乗る敏捷性も求められる。
そのダイナミックさと緻密な操作テクニックから「氷上のF1レース」とも呼ばれている。
スケルトンはリュージュが仰向けに乗るのに対して、そりにうつ伏せに乗って、その速さを競う。
フォームから「人間ロケット」の異名をもつ。冬季オリンピックでは1928年(昭和3年)と1948年(昭和23年) のいずれもスイス・サンモリッツ大会で正式競技になったのみだが、近年はワールドカップが開催されるなど、継続的な
大会開催の気運が高まってきている。
この3競技を運営する日本ボブスレー・リュージュ連盟が発足したのは1960年代のこと。その後72年の札幌オリン
ピックで初めて日本選手がボブスレーとリュージュに出場したのを契機に、連盟の活動が活発化した。 中でも宮城県ボブスレー・リュージュ連盟は国内の先進的役割を果たしている。それというのも、宮城県ボブスレー・リ
ュージュ連盟がある仙台大学が、これらの競技の国内における最高峰と目されているからだ。
仙台大学がこの氷上のスポーツのメッカになったのは、一人の若者が入学したことに端を発している。その若者とは現
在仙台大学助教授としてスポーツ科学を研究・教鞭をとっている鈴木省三氏である。鈴木氏は1980年(昭和55年)に 開かれたオリンピック・レークプラシッド大会にボブスレーの選手として出場。
その後スポーツ科学の中でもトレーニング科学を学ぶために、26歳のとき仙台大学に改めて入学した。卒業後は大学院に 学び、そのまま大学で教鞭をとることになったが、この間に大学内にボブスレー・リュージュ部が発足し、鈴木氏は現在
も指導者として監督を務める一方、県の連盟の運営にも尽力している。
前述したように、リュージュやボブスレー、スケルトンの競技は心身ともに高度な能力が要求される。そのためより優
れた指導者とトレーニング施設が、ほかのスポーツ以上に必要不可欠になる。 この両輪を備えているのが仙台大学で、そのため国内の競技人口約30人の大半が、何らかの形で仙台大学に関わりをもっ
ているという。
現在、鈴木氏はじめ宮城県連盟が積極的に取り組んでいるのは、2点に尽きる。1つは「オリンピックでメダルを取れ るようなトップアスリートを養成すること」だ。日本はオリンピックに札幌大会から現在まで毎回出場しているが、この
札幌でのリュージュ男子2人乗りで4位と女子1人乗りでの5位が最高で、その後は入賞に届いていない。しかし年々レ ベルはアップしており「少数精鋭の利点を生かして、何とかメダルを手にできるところにきている」(鈴木氏)と言う。
中でもスケルトンの越選手はワールドカップ2連覇を期待できる逸材だという。
連盟の取り組みの2つめとしては、「そり滑りの普及」である。「ウインタースポーツの中ではスキー、スケートと比
べて、そりだけが市民権を得ていない。そり滑りの楽しみを日本中に知らしめていき、いずれ競技化や国体化になるよう にしていきたい」と鈴木氏は言う。その第一歩として県の連盟は「宮城県スノー・ボブスレー選手権大会」と並行して「
そり滑り大会」を実施。すでに今年で3回目を数え、好評を博しているという。 一方、連盟には自主財源を如何に確保していくかという課題もある。これまで普及と支援に大きな役割を果たしてきた
企業と学校のスポーツへの体制が崩壊しつつある今日では、それに代わるシステムを構築していく必要がある。このこと はすべての競技連盟に共通する課題でもあろう。このため連盟としては「地域に密着して、地域の人々と共に歩んでいく
よう取り組んでいきたい。そのためのイベントも実施していきたい」(鈴木氏)と語る。「そり滑り大会」はそうした意 味合いも当然含んでおり、連盟がいち早くこうした取り組みを進めていることは、他の競技連盟にも一石を投じることに
なるだろう。
オリンピック・ソルトレーク大会、そして2003年に行なわれるワールドカップ長野大会。この 2大イベントに出場するボブスレー、リュージュ、スケルトンの日本代表選手4名は、いずれも仙台大学OBである。鈴
木氏や連盟ならずとも、大いに注目したいところだ。