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今、国民の高い関心が国会に注がれている。田中元外務大臣の更迭が鈴木ムネオ議員の旧悪を曝露し、国民の鋭い批判が政治に向けられている。昨年、この宮城県でも告発された「議員による入札妨害行為」の国会議員版である。議員の辞職だけでは問題の真の解決にはならない。このことに多くの国民が気付き始めているのではないだろうか。なぜ同種の事件が続発し、なぜ政治の浄化は進まないのか。その根本原因を考えながら、金券腐敗政治の根絶への道を探ってみたい。 いまの政治を汚しているお金の出所は「企業献金」である。法改正によって、政治家個人への献金は禁止されたが、「政党支部」への献金は容認されている。「企業・団体も社会的存在であるから、政治活動も認められるべき」との論理で企業からの政治献金も許容されている。 しかし、少なくとも「営利活動」を目的にする会社において、政治献金は株主に対する背信行為と言うべきではないだろうか。その献金が「見返りを期待しない支出」即ち「会社の利益につながらない支出」であるとすれば、それは会社の定款目的に反する行為であり、株主に損害をもたらしていると批判されることになる。それは背信行為と言わねばならないであろう。 もしその献金が「会社の利益に直結する」場合には、その支出は「賄賂性を帯びる」ことになるであろう。多くの政治的意見でアメリカ政府と軌を同じくしている政治家たちが、アメリカでは禁止されている「企業献金」を日本では野放しのままにしているのは、誠に理解し難いことである。 共産党を除く政党は、政治資金規正法による政治資金を、国庫から支給されている。この制度の開始時には、数年後には「企業献金」を禁止することが前提にされていた。いまの与党は、この禁止の実現に消極的である。この献金の違法性を考えるならば、政党の側からこれを辞退する姿勢を毅然と示すことが必要ではないだろうか。 企業の側からも、政治家の側からも、企業からの政治献金を根絶する対応が強く求められていると考える。政治の構造改革の焦点はここにある。この方向でしか、政治への国民の信頼を回復する道はなにのではないかと思われてならない。 |