| 今、世界の縮図として様々な環境を描いた『一〇〇人の村』が話題を呼んでいる。特に日本人がどれだけ世界の中で恵まれた生活環境にあるかが、自分がこの本にある百人のうちの何人に入るかで知らされる。
日本人は恵まれている。平和で物質に恵まれ、生活に必要なものは何でもある。収入・資産の差はあれ、自らアウトローにならない限り、平和な生活は守られる。
私は平成8年から身体や知的に障害をもった人々達と接する機会を持った。相談した関係部署からの薦めもあり、私の会社の製品を、仙台市内の授産施設で製造や加工を行なうことになった。授産施設とは、障害をもった人たちが健常者と一緒に仕事をし、生活を行なうための訓練の場である。
このような。機会がなければ、私が彼らと日常的に話をしたり、ましてや、一緒に酒を酌み交わすことは、まず考えられないことだったろう。
授産施設という存在、同じように障害をもった人達が、その施設の職員の人達と就労の訓練をする場所は、他に「更生施設」「小規模作業所」と呼ばれ、宮城県下だけでも約140カ所が運営されている。
私の仕事は幸いにも製品の製造量も増え、製造や発送を委託している施設は福島や山形を含め10カ所となり、彼らとの接触も身体の障害のみならず、知的・精神の障害をもった多くの人達に至った。私はこの6年間の彼らとの共存関係の中で、施設やそこに働く職員、そして就労している障害者とその家族が抱える様々な問題と接することとなる。
彼らを受け入れる施設の不足、資金的な運営の難しさ。ボランティアに頼らざるを得ない職員の不足、障害者の雇用問題、施設で就労する障害をもった人達の報酬、そして補償などなど。大多数の障害者が福祉国家の唱える「ノーマライゼーション」とは遠い所にある思いがする。
そして、これら多くの問題の向こうには、健常者社会である民間への壁がある。その壁はいったいどちらが作っているのだろうか。日本は世界に冠たる福祉国家であり、我が宮城県は福祉先進県を唱える。少なくとも、私が接している多くの障害をもった人達のための福祉は、一部福祉行政の担い手だけが支えるところではなく、彼らの現状を理解し、障害を個性として受け入れられることのできる、私達健常者の意識の啓発にあるような気がする。
以前に「障害の役割」について意見を交わしたことがある。おごった言い方ではあったが、私は「彼らに勇気と優しさを与えてもらった」と話した。おかげ様で今の仕事が続けられている。
日本を『一〇〇人の村』にとらえると、何らかの障害をもっている人は5人強、軽度でも就労可能な人は2.7人も暮らしていることになる。そして、この比率は年々増しているのである。
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